« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005年12月

2005年12月29日 (木)

笠間ボルダー

人並みに仕事で疲れが溜まり・・・何しろ12月に入ってから道路の渋滞が、特に先週から今週に掛けては拷問級の渋滞で参ってしまった。で、子供の風邪をもらい、昨日の朝から喉の痛みと発熱だ。今朝は7度3分、 どーしよっかな~ 1年の締めくくりを岩場でしたいんだけどな~ とりあえず、下見と言う事で風邪薬を飲んで家を出た。1時間運転すると眠くなってしまい、お母さんにバトンタッチ。

城址公園の駐車場に着くが、どこへ行けばいいのか分からない。多摩ナンバーのクライマーがいたので大体の方向を尋ね歩き出し、何となく石倉エリアに到着。ここは日当たりが良く、今日は風も無く汗をかいてしまった。まず、マントル8級 8級の割には難しいなーと次にベンチ岩の2級SD、2撃で登る。石倉岩は明るく気分の良いところなのだが、課題が良く分からないし、下地が悪そーなので林の中へ降りていった。扇岩のスパークカンテ1級に取り付く。ん~矢張り1級は登れない。落ちたときによろよろと杉の木の幹に手をつくとそこにはチョークの手形が沢山ついていた。みんなこんなもんなんだなーと納得。次、シンプル岩へ、先ほどの多摩のクライマーがシンプル&ディープ初段を打ち込んでいた。こちらはお母さん向けにフェース6級をと思ったが、これがなかなか難しかった。御岳の丸こんにゃく並みかな? ついでにフィンガークラック7級を登るがこれも結構きつい。グレードで甘く見るとショックを受ける。話の種にエ・モーション1級を触ってみるが離陸できない。続いて、石器人岩のスラブ中央、壁が結構寝ているので一見簡単そーに見える。 もしかして、がんばれば初段もらいかも とよだれをたらすが、殆ど何も出来ず、わらってしまう。

その後は周辺探索、大体の各岩の位置関係が分かった。せっかくだから笠間城本丸跡へ散歩、今は佐志能神社となっている。確か、鎌倉時代の築城で明治に取り壊されたと書いてあった。

駐車場は大手門手前にあり、大手門跡からはいって行くが、山の北側にあり日中でも薄暗く残る石垣などそれらしい雰囲気が漂っていた。城址公園まで上がると明るく眺めが良い。

帰りはそんなに疲れるほどやったつもりもなかったが、運転はお母さんに任せて眠ってしまった。念のため家で熱を測ってみると7度程。考えてみれば思うほどやれなかったのだが、暖かな1日で良い締めくくりが出来て楽しかったなー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月17日 (土)

野立岩の写真

CIMG0511 ほんまちゃんから野立岩の写真が届いたので紹介します。CIMG0530ん~・・・早く登りたい。 CIMG0542                                                     

今日の午前中バンビウォールでトレーニングしているとき、宅急便が届いた。その配達のおばさんが、「すごいですねークライミングですよねーちょと見せてもらってもいいですか?」。話の感じからその人がある程度知っているようなので聞いてみると「息子が大学の山岳部でやってたんですよ、岩手の方で・・・やってたんですけど・・・」何となく表情が曇る。「やってたんですけど、滑落して・・・」「怪我、ですか?」「亡くなりました・・・」   なかなか辛い話だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月16日 (金)

クラッシュパッド

11月中旬、ヨシキスポーツのインターネットショッピングでメトリウスのクラッシュパッドを買った。DSC_0004 (送料無料)  今まで使っていたのはウサミックスのグランGENタイプ(ビニール地)100×120×8DSC_0005  やや薄い感じだが、濡れや汚れには強く拭けば直ぐに綺麗になる。しかし、ロクスノ30号風に評すれば荷物の収納性はない。DSC_0007 メトリウスクラッシュパッドラージのサイズは91×122×7.5となっているが、どう見てもウサミックスの8cmよりも明らかに厚みがあるので定規をあててみると10cmあった。何故? ともかくクッション性は良さそう。DSC_0008

ところでロクスノを見て知ったのだが、御岳で無料講習をしてくれた先生はジャック中根さんだったとは・・・。(中央黒いTシャツの人)DSC_0105

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 9日 (金)

近況

11月21日早朝 前日まで元気だった父が他界。長女の成人式まであと10年は大丈夫と思っていたし、突然のことで動揺してしまった。前の日に実家に帰り父と会えたこと、21日の仕事が急に変更となり通常勤務予定のため連絡を受けて直ぐに家を出られたこと、前の週には次女の七五三を父に見せられたことはせめてもの救いかも。

救急車で病院に運ばれて亡くなったため遺体の引き取りは警察署になってしまった。監察医の検死の順番待ちで引き取りは午後の2時30分頃になったが、遺体安置所に置かれたままでは忍びなく、早く連れて帰りたい気持ちで一杯だった。最初に警察署で父の額に触った時、まだ生きているような暖かさは一生忘れられない。

1週間は仕事を休み、その間実家と斎場で父の遺体と過ごす。何かと忙しく、かと言って何をして良いのか分からず、次男は次男としてやるべきことを探しつつ異常に疲れた1週間だった。葬儀にはクライミング仲間の皆、友人、仕事関係他沢山の方々に参列頂きとても嬉しかった。改めて御礼申し上げます。

28日からは仕事に復帰、ここからの1週間はとにかく辛かった。気持ちが浮かないと言うか、ぼーっとしてしまい、集中力が無い状態。色々考えなければならないことも多く、出張に出る足も気持ちも重い。実家の母のことも気がかりだ。

12月2日 まっちゃんから電話をもらう。予定では3人で登別のボルダリングをする予定だったのだが自分の都合で中止になり、その代わりにまっちゃんとほんまちゃんで塩原の野立岩へ行ったとのこと。そこにはあの小山田大氏がいて随分といい思いをしたらしい。電話の声から二人の異常な興奮が伝わってきた。思わず自分の声も弾み、久し振りに血が騒ぐというのか 俺ものぼりてぇー  という力みたいなものが湧いて来た。翌日、バンビウォールでトレーニング再開、すっかり鈍った体は思うように動かない。

12月4日仕事で千歳へ。余りの寒さに震え上がった。登別でボルダリング は無謀だったことを知る。

このごろになって漸く気持ちが落ち着いてきた様な気がする。父にはもっと長生きして欲しかったし、もう少し父に色々と頼ろうと思ってもいたし(次男なんてこんなもの)。

ということで、暫くは、少なくとも年内はクライミングお休みです。トレーニングはしておきますので復帰の際は宜しくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »