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2005年12月 9日 (金)

近況

11月21日早朝 前日まで元気だった父が他界。長女の成人式まであと10年は大丈夫と思っていたし、突然のことで動揺してしまった。前の日に実家に帰り父と会えたこと、21日の仕事が急に変更となり通常勤務予定のため連絡を受けて直ぐに家を出られたこと、前の週には次女の七五三を父に見せられたことはせめてもの救いかも。

救急車で病院に運ばれて亡くなったため遺体の引き取りは警察署になってしまった。監察医の検死の順番待ちで引き取りは午後の2時30分頃になったが、遺体安置所に置かれたままでは忍びなく、早く連れて帰りたい気持ちで一杯だった。最初に警察署で父の額に触った時、まだ生きているような暖かさは一生忘れられない。

1週間は仕事を休み、その間実家と斎場で父の遺体と過ごす。何かと忙しく、かと言って何をして良いのか分からず、次男は次男としてやるべきことを探しつつ異常に疲れた1週間だった。葬儀にはクライミング仲間の皆、友人、仕事関係他沢山の方々に参列頂きとても嬉しかった。改めて御礼申し上げます。

28日からは仕事に復帰、ここからの1週間はとにかく辛かった。気持ちが浮かないと言うか、ぼーっとしてしまい、集中力が無い状態。色々考えなければならないことも多く、出張に出る足も気持ちも重い。実家の母のことも気がかりだ。

12月2日 まっちゃんから電話をもらう。予定では3人で登別のボルダリングをする予定だったのだが自分の都合で中止になり、その代わりにまっちゃんとほんまちゃんで塩原の野立岩へ行ったとのこと。そこにはあの小山田大氏がいて随分といい思いをしたらしい。電話の声から二人の異常な興奮が伝わってきた。思わず自分の声も弾み、久し振りに血が騒ぐというのか 俺ものぼりてぇー  という力みたいなものが湧いて来た。翌日、バンビウォールでトレーニング再開、すっかり鈍った体は思うように動かない。

12月4日仕事で千歳へ。余りの寒さに震え上がった。登別でボルダリング は無謀だったことを知る。

このごろになって漸く気持ちが落ち着いてきた様な気がする。父にはもっと長生きして欲しかったし、もう少し父に色々と頼ろうと思ってもいたし(次男なんてこんなもの)。

ということで、暫くは、少なくとも年内はクライミングお休みです。トレーニングはしておきますので復帰の際は宜しくお願いします。

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