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2010年6月

2010年6月27日 (日)

2010年6月27日エナ魂/キッズクラス

ちび、エナ魂キッズクラスに参加する。

まずはおまけから・・・実はお父さん人生初のボルコンに出てみる。クラスは勿論40歳以上のシニア。予選1stラウンド、何からやって良いのか訳分からん状態、緊張しまくって5級課題でいきなり落下してちびに大笑いされる始末。オープンクラスの人たちと同じラウンドだから気後れもする。他の4級5級課題でも影響はないにしても違うホールドを無意識に使ってしまったりガチガチで終わってしまった。段々肘の痛みがきつくなってきた。

Dsc_0086  予選3rdラウンド、ちびも完登した4級課題を登ったあと、漸く3級を一つ登った。しかしその後4級を2本登ったところで肘がどうしようもなくなってしまった。肘から前腕上腕にまで痛みが広がってきてしまったので時間を待たずにギブアップ(戦意喪失)、外に出て苦~い一服。ふがいなく10位に終わる。それにしてもボルコンがこんなに厳しいものだとは思わなかった。それにクラスは「シニア」だけどオープンだかシニアだか分からないレベルのおじさんたちには恐れ入った。(覚悟はしていたんだけどね)肘がどうのこうのじゃなくてかなう人たちじゃぁない。(でも一所懸命がんばりました)

Dsc_0029  ミドルクラスのshimpsonさん、あまりいい写真じゃなくってごめんなさい。

ちび、予選2nd,4thラウンドともに順調にポイントを重ねて3位で決勝進出。ハンコの多さが羨ましかった・・・。

Dsc_0128 決勝1課題目、出だしの2手目が決まらず5撃で完登。  

Dsc_0139  決勝2課題目、ちびのくせにリーチを生かして1撃。

Dsc_0146 キッズ決勝風景

Dsc_0165  決勝3課題目、いいところまでいくが完登ならず、結果4位に終わる。

Dsc_0181  一撃の人、Yきくん。ミドル決勝3課題全て一撃、余裕の優勝。

Yきママさん、shimpsonさん、今日はお世話になりました。ありがとうございます。また頑張ります(ちびがです)。

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2010年6月26日 (土)

2010年6月26日の日記

ビラちゃんに乗って実家へ行き、ダラダラしたあと歩いて亀有のみずほ接骨院へ行く。左肘の内上顆炎のテーピングをしてもらうためだ。肘を診てもらうと腱がずれて肘の骨に触っているとのこと。テーピングすると明らかに変わってきた。帰宅してから早速バンビウォールで確認してみると効果は絶大だった。しかし痛いものは痛い。特に左でホールディングした状態で右手をクロスで取りに行く時はどうしようもない。まぁ仕方ない。明日はこれで頑張るしかない。

Cimg0805 2007年の1月には右腕の外上顆炎でひどい目に遭ったが、昭和世代の人はちょっと気合を入れて頑張るとこうなってしまう。(ボクだけかも知れないけれど・・・) あの時の症状の方が深刻だったが今回の方が長引きそうな気がする。

Ca340129  接骨院を出たあとお買い物があるので北口から南口へ抜けると庄野真代ちゃんが演説をやってた。トナリのおじさんが「早く飛んでイスタンブール歌え~」と、小さな声で言うのでおじさんの顔を見るとニコニコしながら同意を求めてくる。ボク、苦笑い・・・。「飛んでイスタンブール」と「中央フリーウェイ」を歌ったあと、おじさんは「やっぱり本物はうまいなぁー」と言うのでおじさんの顔を見るとまたまたニコニコしながらボクに同意を求めてくる。ボク、苦笑い・・・。若い人は殆ど足を止めないがちょっと得した気分。

今日は蒸し暑いなぁー。実家に戻りお昼ご飯を食べてからビラちゃんに乗ってトコトコ帰ってきた。ビラちゃん快調。

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2010年6月24日 (木)

昭和の山旅⑦ 奥多摩/雲取山

昭和の山旅⑦ 奥多摩/雲取山 昭和62年2月 学友スガワラと卒業山行

昭和の山旅、全く順不同である。

620201  もう直ぐ卒業なのでスガワラと雲取山に登った。(鴨沢~)

620203  雲取山には良く登った。

620205  びびるスガワラ。2年生の頃だったかな、南アルプスでの滑落を思い出す。あの時は見えないところで大音響とともに滑落したスガワラ、一瞬「○○大生南アルプスで滑落死」という新聞記事が頭に浮かんだものだ。幸いにも擦り傷程度で済んだものの自分自身反省すべきことが多かった。しかし、その時のスガワラが言った、「○○○、ここまで来てくれよ」は中々に辛いものがあった。「自分でここまで上がって来い!」と言う言葉を飲み込んで慎重に彼のもとへ行って見ると傷と泥と汗にまみれた顔でザックを背負ったまま斜面に座っていた。15m位だろうか、急斜面に滑落した跡が・・・転がりながら落ちたみたいだが今スガワラが座っている1m先は・・・その時のスガワラの顔は忘れられない。

620207 七ツ石山を回り込み、尾根のブナ坂に着く。こんなことをするのも若気の至り、まだ23の若造なので許してやってください。

620208  行程的には日帰りコースだが山にテントはつきもの、ブナ坂で幕営する。

620213 4年間の反省をスガワラと語りある。もっと勉強すれば良かったとか、もっと山に登れば良かったとか、パチンコで負けすぎたとか、オレたちは真面目すぎたとか・・・。兎に角社会に出ることは自分にとっては地獄のような気がしていた。

620217 翌日は雲取山に登る。

620219  雲取山頂にて。今と余り変わらないな。

620220  スガワラ、きっと立派な公務員になっていることだろう。

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2010年6月20日 (日)

2010年6月20日ミストラル

Cimg0794 ミストラルへ・・・今日はクライミング初めてのしーさん一家と登る。お母さんはホールド替え直前に漸くルーフの11bをRP、お父さんは一所懸命ボルダーを登る。左肘は骨折しているんじゃないかというくらいに痛い。以上、今日の言い訳でした。

Cimg0797  お父さんの日、ついでにほんのちょっと早めにお父さんのお誕生日でまぁるいケーキを買ってもらう。七つのお祝いだが、決して丈夫ではないこのボク、よくもここまで生きながらえてきたものだ。この際、ステキに歳をとったということにしておこう。そして子供たちはこの写真を見て「気持ち悪い写真~」と言う。確かにそうとも言えなくもないが、おめでとう、自分!少しは長生きできそうな気持ちになってきた。

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2010年6月18日 (金)

昭和の山旅⑥ 南アルプス/甲斐駒ケ岳~早川尾根~鳳凰三山

⑥南アルプス/甲斐駒ケ岳~早川尾根~鳳凰三山 昭和61年10月 学友カスガと登る

6110 甲斐駒と言えば駒ケ岳神社からの黒戸尾根、58年11月以来2回目。五合目で幕営、翌朝にはうっすらと雪が積もっていた。

6110_2 八合目御来迎場を過ぎ、甲斐駒ケ岳山頂へ・・・

6110_3 駒津峰、ここから仙水峠へ。

6110_4 仙水峠より摩利支天を仰ぐ。栗沢山~アサヨ峰~早川尾根を経て早川尾根小屋で幕営。

三日目、広河原峠~白鳳峠を経て地蔵岳へ。白鳳峠から広河原への下山道には思い出があった。思い出というか忘れられない出来事というか、学友スガワラと来た時のことだが・・・それはさておき・・・その時は地蔵岳のオベリスクには登っていなかった。鳳凰三山とは地蔵岳・観音岳・薬師岳のことで、まとめて鳳凰山と言われている。地蔵岳のオベリスクはその三山の最高点だから矢張りそこに登ってみないと鳳凰山に登った気になれないので、今回は是非・・・というほどのことでもなく、カスガと「登れるんじゃないかなぁー」くらいの軽い気持ちで、

6110_5 賽の河原からオベリスクを見上げる。古人はこれを大日如来に擬して尊崇したため法皇山の名が生じたと言われる(深田久弥の百名山に書いてあった)

6110_6 で、オベリスクの頂上で寝転んでみる。頂上は意外と広く兎に角気持ちがいい。幸せな気分だった。

6110_7 初登は明治37年、あのウォルター・ウェンストンである。ウェストン・ルートという名前が付いている。

6110_8 観音岳方面から地蔵岳を振り返る。

6110_9 観音岳あるいは薬師岳方面へ

6110_10 山火事跡を過ぎ、夜叉神峠へ下る。気持ちの良い山旅だった。

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2010年6月14日 (月)

昭和の山旅⑤ 北海道/利尻岳・礼文岳

⑤利尻岳・礼文岳 昭和60年7月 一人旅(この手の山旅は一人でなければいけない)

計画としては大雪山からトムラウシ~十勝岳~富良野岳の縦走をメインとし、その前段階として利尻岳・礼文岳・礼文岳縦断を予定した。当時の山渓の特集で「島の山旅」に憧れて未だ見ぬ島を夢見て青春18キップ?を握り締めて上野駅から寝台列車に乗ったのである。

600702 青森から連絡船に乗る。昭和だから画像は悪い。車も古い。

函館から急行と鈍行を乗り継ぎ稚内には23時頃に着いた。途方に暮れるが近くの公園まで行きベンチに寝転んでみる。さすが殆ど日本最北の地は寒いのでそこでテントを張った。

翌朝一番のフェリーで利尻の鴛泊へ向かう。天候は良くない。吹きさらしのベンチで寒さをこらえながらただじっとしていた。一時間半がまんすると突然雲が切れて利尻岳が姿を現した。千七百ほどの標高だが、その姿は異様な鋭さと美しさを持っていた。たった三分間の光景である。再び利尻は姿を隠してしまった。

6007 船を降りて登山道へと向かう。何時の間にか空はすっかり晴れ、甘露泉に着く頃はばてていた。何しろザックには大雪~富良野岳までの燃料と食料が入っている。汗だくになりながら長官山に着き、避難小屋近くでテントを張った。

6007_2  暫くすると十数人の登山者が登ってきた。殆ど道内の人たちである。士別から一人で来た人に「避難小屋が一杯で泊まれなくなったらテントに入れてね」と宇野鴻一郎の官能小説を頂いた。

6007_3 未だ陽の高い頃から落陽するのを待つ。

6007_4 海一面に雲海、礼文島が雲に浮かぶ。

6007_5 19時半、太陽は長くのびた礼文島の左端、知床に沈んで行く。ここでは風光明媚などという言葉も単なる俗語と化してしまう。ただすべてが雄大なのだ。

翌日は強風が吹き荒れて視界が利かない。予定を変更して利尻山頂を往復することにした。幕営地に戻りお茶を沸かして一服すると強風に雨が加わった。急いで撤収、下山し鴛泊からフェリーで礼文島の香深へ。あてもないし寒いので誘われるままに知床の民宿に泊まることにした。

三日目、礼文岳に登る。本当は島全体を見渡せる筈だった。二時間半の粘りも虚しく民宿へ引き返す。翌日は礼文島を縦断するので民宿のお姉さんが詳しく説明してくれた。帰れなくなった人がいるとか、海岸の岩場は凄く大変だとかやたらと恐ろしい話だった。

四日目、礼文島縦断。バスでスコトン岬へ。ゴロタ浜では穴空き貝を拾う。ここの貝には小さな穴が一つだけ空いている。何故穴が空いているのかは歩きながら考えるのだ。海岸沿いを歩き宇遠内へ。呼ばれるままに売店に入ると何故かサービスでカレイを食べさせてくれた。元地までは岩場のある海岸線を歩き、礼文滝、地蔵岩を過ぎて舗道を行く。

600703 宇遠内附近?かな

600709 桃岩附近?かな

600713 五日目、香深港を後にする。民宿のお姉さんと宿泊客のお姉さんが見送ってくれた。かなり照れくさいが手渡されたテープを投げる。ギターのお兄さんはひたすら拓郎の「洛陽」を歌い続ける。

600716 フェリーは稚内へ・・・今思うとかなり昭和っぽい場面かも・・・。

民宿で見たテレビの天気図、やけに複雑に低気圧と前線が入り組んでいた。取り敢えずは旭川からバスで層雲峡へ、暗い中近くの公園で幕営するが雨が降り出す。ラジオの予報では暫く荒天が続くらしい。

と言うことであっさり諦めて翌日は帰途に着くことにした。朝、何となく後ろ髪を引かれる思い出ロープウエィの方を振り返ったが、ガスと雨で何も見えなかった。

600718  函館で一泊し、連絡船の大雪丸に乗る。次は何時来られるかなぁ、と思いながら見た函館のビル郡と大雪丸の白い航跡が印象的だった。

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2010年6月13日 (日)

2010年6月13日コバトンカップボルダリングキッズクラス/ロッククラフト川越

Dsc_0001 コバトンカップボルダリング大会(ロッククラフト川越)キッズクラスにちび参加する。

Dsc_0012 予選課題、一撃

Dsc_0015 予選課題、一撃

Dsc_0028 予選課題、一撃

Dsc_0046 予選課題、一撃

Dsc_0056 予選課題、二撃

Dsc_0063 予選課題、完登出来ず

Dsc_0110 ミドルクラスYきくん、ウォッー

ちび、予選課題は一つは完登できなかったが、殆どを一撃、今日は調子がいいなぁーと思ったら・・・

Dsc_0128 決勝1課題目、殆どの子が完登した課題、ちびぜーんぜーん出来ず・・・

Dsc_0134 決勝2課題目、ボーナスポイント取れず・・・ちょっとイヤーな空気が・・・

Dsc_0139 最後の3課題目、これもちびには厳しいかなぁーと思ったら予想に反して一撃

Dsc_0142 足限定で一撃はちびだけだったので、親ばか的にはかっこいいなぁーと思ってしまった。結果は6位に終わってしまったけれど、まぁーこれもちびらしいと言えばちびらしいので良しとしよう。珍しく楽しくやれたようだし。

Dsc_0156 KYコンビ、見せてくれました。

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2010年6月12日 (土)

昭和の山旅④ 谷川岳

④ 谷川岳 昭和61年12月 山仲間と登る

今日は暑いからね、

6112 鈍行の夜行で地下の土合駅で下車し、数百段の階段を数百人の登山者が一斉に黙々と登って改札を出た駅構内の地べたで仮眠する、お決まりのパターンだ。(地下ホームの待合室はマズイ、というかヤバイらしいから・・・)

6112_2 西黒尾根からの展望

6112_3 西黒尾根を登る

6112_4 谷川岳 トマノ耳とオキノ耳

6112_5 昭和の山だから画像は悪い。 山頂では風が強いのでツエルトにくるまってお茶を沸かして食事、その後は天神尾根を下った。

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2010年6月12日ミストラル

01 ミストラルへ・・・今日は暑かったな。おまけに調子も悪かったな。午後はボルダーをやってみたけれど余りに登れないのでまたルートを登ることにした。左右両方の肘も痛いけれど・・・別にめげてませんよ、いい汗かいたし、もう直ぐボクのお誕生日だし。

Cimg0787 上の方は暑いので「心が折れる」とちびが言っていた。ちょっとナマイキ・・・。

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2010年6月 8日 (火)

昭和の山旅③ 奥秩父/木賊山~雲取山

③奥秩父/木賊山~雲取山 昭和59年11月 一人山旅

591004 一日目(10月31日) 戸渡尾根~木賊山~笹平避難小屋

夕方、稜線上の笹平避難小屋についた。誰もいないだろうな、と思ったら愛想の悪い一人がいた。性格的に合いそうもないので殆ど彼とは話さなかったが、それなら一人きりで小屋に泊まったほうが気が楽だ、と思ったのはお互い様だろう。

この時にトランジスタラジオから流れたニュースを何故か良く覚えている。ひとつはインドの首相インディラ・ガンジーの暗殺、もうひとつは翌日11月1日に発行される新札のニュースだった。

591005 笹平避難小屋より富士山を望む

591012 雁坂峠(日本三大峠・日本武尊が開いたとされる)

二日目 笹平避難小屋~西破風山~雁坂嶺~水晶山~古礼山~燕山~笠取小屋(幕営)

591021 笠取山

笠取山はいかにも気持ち良さそうな山だったが、登らずに笠取小屋へ向かった。それがこの山旅の唯一の心残りだったが、2007年3月31日に家族+一匹で漸く登ることが出来た。Dsc_0097

591022 雁峠

5911 笠取小屋

2007年に来た時にはこの辺りはすっかり変わっていたが・・・

5911_2 笠取小屋幕営地

三日目 笠取小屋~牛王院平~飛竜山~雲取山(雲取山頂避難小屋)

笠取山からの稜線は藪のため南面の巻き道をひたすら歩いた。

四日目 雲取山頂下幕営

591031 雲取の避難小屋で泊まり翌日は殆ど一日山を眺めながら待ち合わせていた兄貴とその先輩を待つ。

5911_3  この日は休日で避難小屋に泊まる人が多かったので山頂下で幕営、目的は天体観測。南方向にカノープスを見た。この星を見るとなんでも長生き出来るらしい。

五日目 雲取~鴨沢下山

これで奥多摩駅から増富までが繋がった。そこから色々と夢は広がったのだが・・・なにも実現せず現在に至る。

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2010年6月 7日 (月)

昭和の山旅② 奥秩父/甲武信岳~金峰山~瑞牆山

590901_2 ②奥秩父/甲武信岳~金峰山~瑞牆山 昭和59年9月 一人山旅

「・・・トロッコの軌道に沿って道がつけられており、古い小屋もあったりする。その軌道を見ながらひたすら歩いていると、突然トロッコが走ってくるような気がする。こういった風景はとても好きなのだが、何となく淋しいものだ。そんなことを思いながら小沢を二つ越すとヌク沢に出て、ここでお昼ご飯にした。」

一日目 西沢渓谷入り口~戸渡尾根~甲武信小屋(幕営)

590911 北奥千丈岳山頂

二日目 甲武信岳~国師岳~北奥千丈岳~大弛峠(幕営)

590912 北奥千丈岳(奥秩父最高峰2600)から金峰山を眺める。9月も終わりの時期だったので紅葉が綺麗だった。

590917 三日目 朝日岳~金峰山~瑞牆山~富士見平(幕営)

3日間殆ど人との会話がなかったので富士見平小屋前のキャンプ地では他の登山者を捕まえて喋り捲る。その会話の中で気付いたのだが(うすうすは分かっていたのだが)富士見平小屋といえば丁度一年前に忌まわしい事件のあったところだった。にも拘わらず小屋は登山者で賑わっていたようだ。翌日は3時半に起床し食料がなかったのでお茶だけの朝食を済ませる。増富からの一番バスに乗るために真っ暗な中をローソクの灯りを頼りに撤収、殆ど消えかかったヘッ電を頼りに下る瑞牆山荘までの道は怖かったのを覚えている。これよりも数年前に水晶山で発見された女性2遺体との関連は分からなかったらしいが、私の山の先輩の知り合いの方だったらしく、先輩(女性)は奥秩父の山には絶対に行きたくないと言っていた。

590918 金峰山五丈岩

四日目 富士見平~増富ラジウム

後に甲武信岳~雲取を縦走、私にとっては一人でも楽しくとても印象に残っている山旅となった。

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2010年6月 6日 (日)

2010年6月6日ミストラル

Dsc_0010 昨日は長女のピアノ発表会だったので、今日はミストラルへ行く。午後からは・・・

Cimg0763 野人さんとJILLさんのボルダー道場にプチ入門する。

Cimg0765 手強すぎるけれど面白い。

今まで出来なかったピンク▲1番がやっと登れた。Cimg0733

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2010年6月 4日 (金)

昭和の山旅① 奥多摩/石尾根~雲取山

私がまだ青かった頃、昭和末期学生時代の山旅の思い出である。思い出という言葉は好きではないが、懐古的になるのも嫌だが・・・矢張り昔登った山は懐かしい。

写真はネガをスキャンした。ネガの保存状態も悪く二十数年を経過しているから画像はかなり悪い。これも昭和っぽくていいか。

①奥多摩/石尾根~雲取山 昭和58年11月

5811 一日目、奥多摩駅から石尾根を登り六ツ石山を越えた将門馬場で幕営

5811_3 鷹巣山山頂

5811_5   二日目、ブナ坂で幕営し雲取山を往復し三日目は鴨沢へ下山。山を歩きながらキャンプを楽しむ何とものんびりとした山旅だった。一緒に登ったのは学友だがいつもくだらんことを言い合いながら歩いていた。一人は探検部でその後留年し行方知れず、一人は公務員になって堅実な道を歩んでいる、かも知れない。

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